" わが古代の人々はこの國が出来た時に、これを初國とよんだ。この「初」は、天地の初と同義、天地の初めは、開闢の始まりながら、まだ始まらぬ状態である。今日の我々でも、少年の日の初めての心は、いつも開闢がこれから進行してゐるといふ、ときめきを味はつたものである。心がわくわくと躍るといふだけの状態で、野や山へとび出して走り廻つた。
 しかし人はこの初心の状態を年長じたのちにも経験することが出来る。このただうれしいといふやうな、そしてわけもなくうきたつた状態が、人の心におこらなければ、創造にわたる造形も発明も生まれないのである。"

— 保田與重郎 「わが萬葉集」